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ひとりからみんなへ、みんなからひとりへ。途切れる事のない人の輪を世界へ。
2024/05/09 (Thu)
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2011/03/19 (Sat)
いつもより寒い電車に、いつもより暗い夜道、いつもより静かなスーパーに時々品切れ商品あり。


これって本来の形かもしれない。。


冬は寒いものだし、夜も暗いものだし、スーパーで四六時中音楽やセールのお知らせをかける必要もないし、

店員さんがチェックを間違えば品切れだってある。うん。


放射線を恐れて飛行機で移動したら、宇宙からの自然放射量が日本に留まるより多いかもしれない。うん。


知合いから声をかけてもらった震災くつ下プロジェクトにくつ下を送りました。

テレビに食い入るように見入っていながら何もしてないもどかしさを少しでも解消するべく、

毛糸のくつ下など合わせて10足ほど。 新品でなくても洗濯していれば可。と異例の収集依頼。

なんで くつ下? と思いつつ盲点なのかもしれないと思ってます。

泥まみれで靴もなく歩く人の映像は良く見るけれど、家ごと流されて着ぐるみないのに、

くつ下が救援物資として運ばれているニュースは見ない。 

水や食料、粉ミルク、衛生用品に比べれば緊急度は低いかもしれないけれど、くつ下の底力は大きい。

暖をとるのに、あの小さなくつ下の威力は凄いです。

これからくつ下を履くたびに、そのくつ下を通して東北の人たちの健康を想う事でしょう。


いつもありがとうございます
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2011/03/16 (Wed)
本棚からひっくり返った本を整理していたら1冊の詩集が出てきたので、ご紹介します。

江原さんと同じ事言っていたなぁと思いました。→  http://mishiro.blog.shinobi.jp/Entry/64/

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「1人のために」 安積 得也

最大多数の最大幸福に

すべての視線が集中するとき

迷える羊一頭を索(もと)めて

夜も眠らざる大教師をなつかしむ

1人を徹底的に愛し得ぬ者が

なんで万人を愛し得るか

親に完全に捧げ得ぬ者が

なんで社会に捧げ得るか

老人に席を譲り得ぬ女学生が

なんで貧民全体をすくい得るか

個に徹せざる全は無力なり

具体に活現せざる抽象は空虚なり

我等いま縁の下の一隅に生く

光栄の縁の下よ

縁の下の一隅に

お前はなにを捧ぐるか
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ちょっと辛口で、席を譲らないのが女学生ってそんなことないと思いますけれど、、☆と思いつつ

今、このタイミングで詩を読み返したのも何かあるかもなと思っていました。

今、物資を送りたい、ボランティアをしたい、と全ての人が東北の被災者に視線が集中している時に

出来る事って案外身近にあるのかもしれないですね。

そして必要とされた時はそのご縁がきっと繋がるものなのかも、ですね。


いつもありがとうございます

2011/03/14 (Mon)
凄い地震でした。


建替え間近、東京の団地の4階の我が家も凄く揺れました。

PCに向かっていた時ぐらぐらっときたのでおや?っと思って、立ちあがってとりあえず様子を

見ていたら、どんどん揺れが激しくなり、ガタガタともの凄い音がし出したので急いでテーブルの下へ潜りました。

テーブルの足を持っていないとスライドして、テーブルの外へ放り出されそうでした。

記憶はほとんどありませんが「わぁっ。。。。えーー。。」と声を出していたと思います。

とっさに思い出したのは小学校の時の避難訓練で一度だけ乗った、地震体験車での疑似体験。

「まさか・・・こんな揺れるの??」と思っていたあの揺れと同じ感じの揺れでした。

そして収まらない余震と共に、どこが一番揺れたのか呆然としながらテレビを食い入るように見ていました。

こんなに揺れたのに、東京より揺れた所があるなんて!と衝撃を受けながら、ちょっと落ち着いたら

家に散らばったガラス破片や花瓶、陶器だけは片づけては、またテレビ。テレビ。テレビ。

そして揺れる度に襲うどうしようもない不安。次が本震か?これもまた??


その不安を消すために、深呼吸しながら何かあったらここに逃げようと決めた玄関

(躯体に守られた狭い空間で、一番丈夫に見えた。)

に水を集め、2度目の揺れでシリアルとツナ缶、3度目で布団、4度目でランタン(電池式ラジオ&ライト)、

5度目でホッカイロ。 揺れるたびに「あ、あれも。」「これも。」と持ちこんで、これで1週間位持つだろうか、

とか思いながら。。 そして火災防止のため、家の中の電気機器、ガスを全部止め、コートを着てウロウロ。

ずっと猫背で丸まって不安でいたら、一瞬のうちに身体が硬直し、頭痛と気持ち悪さに襲われ、

体力的にも精神的にも一番しっかりしなきゃいけない年代の私がこんな状態だなんて情けない…

とまた落ち込んでズキズキ。。


そんな中PCを見ていたら、前から購読していた“からだ調律法”のメルマガが突然の緊急配信。

こんな時に何だろう?と思って見てみたら、心を落ち着かせる為の体をほぐす体操を教えてくれて、更に

大変なときほど、身体も変わりやすいものです。

体調が悪いなどお困りのときには、こちらで出来る限りメールサポート(ボランティア)を行います。

ご連絡ください。
」と。

こんなときだから、私に何が出来るだろう?何をすればいいんだろう?と思ってしまうけれど、

自分の得意分野でのサポートをしようとしてくれたこのメール自身に強いサポートを受けました。感謝。


そして、今日はまたちょっとずつ落ち着きを取り戻し、海外のお友達からも心配のメールを頂き、その返事を

書きつつ、海外の視点でどう報道されているのかと思って、フランスのテレビをネットで見てみました。

やはり原発の関心は高いようです。安全基準の高い日本が、想像を超えた状態になっていると。


そして、津波が襲ってくる全体的な映像は日本でもたくさんありますが、その中で流れた車の中にいる人が

助けを呼ぶ映像などと共に、ここに書く事も拒まれるほどの映像もありました。


それと同時に日本中はもとより、世界中から支援の手が差し伸べられている事に胸が熱くなりました。

イギリスのインデペンでント紙は一面に「がんばれ、日本。がんばれ、東北。」
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NAVAR 「世界から届いた日本への祈り【pray for Japan】」

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情報がなかなか届かない東北の方々にこそ見てほしいですね。

物質的支援ではないけれど、目の前の状況が変わるものじゃないけれど、変わる心があります。

自分の底力を信じて。 これから。Désormais.


いつもありがとうございます

2009/12/31 (Thu)
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今年も1年ありがとうございました。

2009年も色々なことがありました。 皆さまのおかげで素晴らしい年となりました。

そうやって1年1年、年輪を重ねていけることに感謝です。

深く深く考えれば考えるほどに言葉にならなくて、ありきたりの文章になっていく浅はかさに物悲しさを感じつつ、

1人じゃ何にも出来ないこと、何の成長もないことを日々実感する年でした。

miyoumuも立ち上げて早9ヶ月経つことが出来、無事に2010年を迎えることが出来ることが出来ました。

来年も感謝の気持ちを込めて、パワーアップしながら続けていきたいと思います。


皆さまにとって2010年も素晴らしい年となりますように、心から感謝を込めてお祈り申し上げます。

本年もありがとうございました

良いお年を~

2009/01/01 (Thu)
明けましておめでとうございます~

昨年末は、素敵なパリ・ドイツ旅行から帰国後、怒涛の大掃除をしました。

そしてブログもちょっと模様替えしました!

帰国後アクセスできず、更新できませんでしたが、パリの素敵な思い出はまたご紹介しますね!


そして来る2009年は、“柔軟”に過ごしていきたいと思います。

思い込みや、決まり事、常識、こうすべき、ああすべき…など頭に積もったものに固執せず、

柔軟さを大切に過ごしたいと思います。



そして感謝の気持ちを忘れずに過ごしたいです。

2008年は色々な事があり、その全てで人の温かさを痛感したから。

…今までこんなに温かかったことすら気付かず過ごしていたのか、と思いました。

あ、でも今年は自分を責めない、というのもテーマです(笑)。 人は自他ともに責めない!


そして、2008年の書き初めにも書きましたが、どんな事も目一杯楽しみたいと思います。

まだまだなので引き続き実行します!


最後に、年末から構想を膨らませておりました、自身でのアクセサリー・ジュエリーのブランドを

立ち上げます。これもひとえに皆様に支えられて動けている事に感謝し頑張って参りますので、

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

みなさまにとって2009年が素敵な素敵な1年でありますように

IMG_0258.JPG









08/12/25 シャンゼリゼ通り with 満月!?

Je vous souhaite une tres tres bonne annee!!
2008/11/11 (Tue)


1度目は悲しみの涙。

そして2度目は感動の涙。


10月の頭に「追悼」というタイトルで紹介した彼女から、

お便りをいただきました。

http://mishiro.blog.shinobi.jp/Entry/5/


フィアンセを交通事故で亡くしてから約2ヶ月半、

彼女は前を向いて歩いていました。


悲しみは癒えないけれど、私が悲しみ続ける事を、彼は

望まないだろうから、私は前に進むのだと…。


留学中から、周りの雰囲気をがらっと変えてしまうほど明るくて、

いつも何かを計画し、楽しむことを忘れない。

そして人一倍成績も良かった尊敬する彼女。

(クラスのレベルが全く違ったので…、私は出会えた事自体奇跡。。)


今は彼との思い出の場所、彼が行きたかった場所をそっと家族で

訪れている。 サーフィン好きだった彼のために、追悼して海に入る

義兄の姿がとても印象的でした。PA_-_sister_husband.JPG









そしてこれからは今の仕事を辞め、世界を旅しながら英語教師を

するという、彼との夢を歩んでいくのだと書いてありました。

そういえばフランスに来る前、モナコでイタリア家族の所に住み込み、

2年間その息子に英語を教える仕事をしていました。

そしてなんとその地は、アジアの大都市香港、ソウル、または東京!

が良いと書いてありました。

来年、もしかしたらあなたに会えるかもしれないねと。


ここに辿りつくまでに、どれほどの事を考えどれほど悲しみ

どれほどの涙を流したのだろう。

それを想像しながら、お便りを読み、満面ではなく朗らかな笑みの彼女の

写真を見ると、ふと涙が流れてきました。

それは悲しみからではなく、彼女がどんな時も前を向こうという意思を、

こんなに辛い時にも発揮する、彼女の真の強さに感じたから。


自分の境遇をふと離れ、彼女に感動し続けてしまいました
 

2008/10/08 (Wed)
来年1月に結婚式を挙げる予定だった海外の友人から
一通のメールが届いた。


mon fiencé était dans un accident de moto, et il est décédé le 31 aout.
私のフィアンセがバイクの事故に遭い、8月31日に他界しました。

と。

・・・・・・・あまりに信じられず、何度もメールを読み返し、

知っているはずの単語を辞書で何度も何度も読み直し、

他の意味はないか?私の勘違いではないか?

そう願いながら何度何度読み直しても、

それでもなお、そのメールの内容は変わらなかった。


フィアンセが亡くなった。。

幸せそうな写真をいつも送ってくれていた

彼女の満面の笑みを思うと、涙がポロポロ流れてきた。

どうして、どうして・・・。

どうしてそんな酷なことが起きるのだろう。


人は、ひとりで生まれてきて、ひとりで死んでいく。

そんなこと、理屈では分かっている。

でも生きているその間だけは、決してひとりでは生きられない。

いつも隣にいた彼女をどうして置いて逝ってしまうのか。

しかも何で今・・・。



死ぬとは何なのか?どういうことか?

そんな事を考え始めた18くらいの時にこの本に出会った。

「死にゆく者からの言葉」 鈴木 秀子著


著者が死を控えた人々の横で、そっと手を重ね、

言葉を交えず、そっとそこの空間を共有し、呼吸をそろえる。

静寂で、美しく、厳かなひとときの出来事が綴られている。

そしてふと、恐怖から解放され、死と向かい合っていく。


『人間というものは、たとえどんな人であろうとも、
 その人にとってマイナスだと思われてきたことが、
 あるいは一生の汚点であることが、最期の土壇場でひっくり返り、
 プラスになり得る現実を、この目でたしかに私は見たのです。[本文引用]』


人は死んでいくことで全てが終わるのではなく、

この人生での経験を、死を迎えることによって

改めて振り返る大切なひとつのプロセスなんだと思った。

ただただ悲しい出来事、として死を捉えるのではなく、

その奥にある深い深い意味を説いている。

そんな本だった気がする。


でも死にゆかれた者達にとって、心安らかに見送ることはとても難しく、

この今を生きることが、どれだけ辛いかも得体をしれない。


だから今はそっと、彼女を想い続ける事しか出来ない。

今はただただフィアンセの分も生きてほしい、そう心から願うばかりです。
2008/08/11 (Mon)

人それぞれが揺らす波紋に心地よく揺られて、
楽しくそして納得のいく、良い仕事をしていきたいと思います。

そして私も良い波紋を揺らせるように日々精進します。
プロフィール
HN:
miyoumu
性別:
非公開
自己紹介:
「ジュエリーの世界から世界をひとつに。」
をコンセプトに2009年「miyoumu」立ち上げ。
日本の絹糸やタイのカレン族シルバーやアンティークビーズなどを使って、シンプルで心地よいアクセサリー作りを志しています。

2-5歳パリ郊外、
23-25歳南仏Aix-en-Provenceで過ごした事で、
普段から自分が、そして自分の視点が日本人・アジア人であることを意識する。

そして今まで見てきた世界と生活してきた日本のそのお互いの良い所を融合したい。

更に、私があなたのために何が出来るか。
ではなくあなたが感じている何かを私なりに引き出す。

大学卒業後に働いたインテリア事務所で、そんな仕事に出会う。

渡仏後、ジュエリーonlineサイトで見えないお客様を相手に日々奮闘し、

2009年「miyoumu」立ち上げ今に至る。


※ご連絡はinfo @miyoumu.comまでお願いいたします。
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